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第50回 真逆の中の共通点


2輪の対照的な花

 毎朝のウオーキングコースに対照的な花が咲いています。 先に目に映るのは、太陽の光を思い切り受けて派手に咲く蓮の花です。 今年もその季節になったと、時の移ろいの速さを感じます。
 蓮の花の花言葉には「雄弁」「清純な心」「純潔」「沈着」「休養」「優しさ」など沢山あります。 ただその中に「救ってください」と言うのもあります。この花を見ている限り、この花言葉は連想できません。 多分、仏像がこの花の上に立ち、あるいは座している姿から付けられたものではないでしょうか。

 蓮池を過ぎ、杉木立に足を運んで行くと、今度は木々に光を遮られた少し暗いところで、 周りにほのかな香りを漂わせて、清楚に咲く笹百合に出会います。
 笹百合は、日本だけに生息する百合の原種です。 花は飾り気もなく、素朴な淡いピンク色で、全体のイメージはとにかく控えめです。 だから「美しい」と思える面もあります。

業務上では

 業務上、控え目でいては受注できません。特にプレゼン時などは、派手さだけがキー ポイントとは言えませんが、強烈な訴求力を持たせないと意味がありません。
 ましてコンペともなれば「喧嘩」ですから、勝つことが求められます。人間の闘争本能を思い切り奮い立たせ、 これでもか、これでもかと攻めかかります。
 その結果として勝利を得たときは格別で、美酒に酔いしれることができます。 が、その逆のときは激しく凹みます。

真逆の中の共通点

 1年を通じて活動・楽しめる趣味を現在2つ持っています。
 まず1つ目は、このコラムでも何度も出てくる仏像切り絵です。
 拝観してそのイメージをモノトーンにデザインし、切り絵に仕上げていると、 無風状態の湖面の如く、素直になんでも映せる鏡の如く「無」の心境になれます。

2つ目が詩吟です。
 歌詞となる漢詩の意味するところは深く、人間形成、心の修行のことも多くあります。
 しかし、一方では競技会(競吟と言います)があって、他人と競い合います。 早い話が喧嘩です。喧嘩を始めた以上は勝たねばなりません。そのため、日々切磋琢磨するわけです。

   私はこの真逆の趣味のおかげで、バランスが取れているのではと思います。 ただ、真逆に見えるものにも実は共通点があります。
 それは「無」あるいは「無心」になることの大切さです。

 何事にも問題意識は必要です。しかし最後の最後は「無」の状態に入ったときに 大きな成果・結果が引き出せるように思います。
 もっとも、何もせずにいきなり「無」になれるものではありません。 意識をしなくても、目的に向かって自然にその方向に進めるようになるまで鍛錬・訓練を 積み重ねての「無」が理想ではないでしょうか。



(更新:2008.7.15)